吃音の病態について





幼児期の吃音の病態

吃音がある幼児では、言語発達遅滞や構音障害が4割程度に認められ、言語能力と発話能力の乖離が発症・増悪のきっかけの一つになると考えらます。(DemandsandCapacitiesModelDCMないしDCモデル)。

このモデルは、幼児期には言語的複雑さだけでなく、興奮するなどしてワーキングメモリの容量が逼迫した場合にも吃りやすくなることを説明しています。

学齢中期以降の吃音の病態

学齢期になり、幼児構音が消える頃には、発話が自動化していきます。この後でも続く吃音は、DCMでは説明しにくいです。そのため、幼児期から学齢初期(言語発達年齢として)までの吃音を第1相、構音機能が完成した頃以後の吃音を第2相とする考えがあります。

第2相では独り言で吃ることはほぼなくなり、人前の発表や朗読で吃りやすいという状況依存性が顕著になります。吃りやすいのは、皮肉にも「吃ってはいけないと思う場面で起こります。言えるのが当然であるはずの単語が言えないと、苦手意識が醸成されやすくなります。典型的には自分の名前や挨拶です。名前は個人毎に違うので、構音運動の複雑さはあまり関係しないことがわかります。

心理的な機序としては、困難に思う場面や単語については、発話(構音)を意識的に努力して行い、たまたま発話ができると、その動作が必要だと勘違いして定着するという可能性があります。

学齢期になると発話速度が上昇し、発話内容も複雑化するため、発話運動が自動化していないと円滑な発話は困難であり、一部の構音器官のみをことさらに意識的に制御しようとすると、却って非流暢になることが多くなります。

独り言が吃らずに言えることで示されるように、自動的な発話制御を行う能力があるにもかかわらず、吃らないようにしようと意図すると、発話器官を個別に意識的にコントロールしようという間違った努力をすることによって、流暢性が損なわれるのです。

条件応答の関与

吃音が定着する機序として、条件応答が関与していると考えられています。一つは古典的条件付けであり、吃った時に叱責されて辛かったり、社会的注目を浴びて恥ずかしい感情が出ると、それが無条件刺激となり、吃った時の状況(相手、状況、単語等)で緊張や不安が生じ、また、吃ると負の感情を伴うようになります。

もう一つはオペラント条件付けであり、苦手な語を言い換えたり発話場面から逃避すると吃ることを避けられるので、回避行動が増えてしまいます。随伴運動は、たまたま運動をすると声が出たという体験(報酬)から学習されるものと考えられます。

また、吃音症状が終わると大きな安堵感が生じ、これが報酬になって、吃音症状が維持・強化される可能性があります

心理的問題

幼児期の吃音は通常は記憶に残りませんが、学齢期になり、笑われたり、いじめやからかいを体験すると、自己効力感が低下し、不登校になったりPTSD様になり、成人になっても発話恐怖が強く残ることがあります。学齢後期からは症状を隠したり発話を避けたりするような工夫を発達させるようになります。

それが成功するといじめやからかいは減り、社会参加は改善することが多いと言われています。

発話症状では阻止が増え、繰り返しが減るために、一般的には吃音者とは同定されなくなり、家族も問題がなくなったと思うことが多いですが、言えない単語や困難場面の自覚が強くなり、電話や多人数がいる場面での発話を避けるようになります(二次性の社交不安障害)。また、吃るあるいは言えないという予期不安が出るようになり、吃音者意識を持ち、常に吃音のことを考えているようになります。

吃音に対する周囲と自分の認識のギャップにより、孤立感が強くなります。自尊感情や自信が低下し、自己表現の意欲が下がり、持続的に抑うつ状態に陥る方もいます。面接や電話、自己紹介などの苦手意識は、就労や進学の妨げにもなることがあります



吃音の病因について





遺伝子異常

双生児研究から、発達性吃音の原因の7割以上が遺伝子異常によると考えられます。しかし遺伝形式や浸透率は明らかではなく、また、家族歴がある者は半数程度です。連鎖解析等から、発症には複数の因子が関与すると考えられています。

脳領域間の接続異常

MRIの拡散テンソル画像法(DTI)で、左腹側運動野(発話関連の器官の領野)の深部において、左弓状束ないし大脳基底核との接続神経線維の減少が生じます。これによって、発話関連運動野と、ブローカ野や大脳基底核との接続が不良になり、円滑な連続発話が困難になると考えられます。ほかに、小脳脚や脳梁等の白質の異常も報告され、予後との関連が指摘されています。

 通説の否定

「周囲が吃音だと考えることで吃音になる」という吃音診断起因説が日本では永らく流布しており、親は児の吃音を気がついていないかのように振る舞うということがよく行われます。しかし、「モンスター研究」という孤児院での人権無視の実験の結果、この説は否定されています。親が児の吃音を無視する態度を取ると、児は吃音がタブーであると思い込み、話したり相談したりできなくなります。家庭では、吃音についてオープンに話すことができる雰囲気を作り、児を心理的に孤立させないことが重要です。

小児保健研究  第77巻 第1号,2018 より参照



吃音の検査と鑑別診断、合併症について





吃音検査について

検査は通常は言語聴覚士が担当し、「吃音検査法」を用います。この検査は幼児版、学童版、中学生以上版があり、年齢(発達年齢)に合わせて使用します。幼児版の検査は音読が含まれません。

吃音の有無の判定では中核症状の生起頻度を見ますが、重症度の判断では各症状の持続時間や緊張度(力が入っているかどうか、もがいている様子があるか)の所見も考慮します。幼児期は緊張のない症状が多いですが、緊張が入ったり持続時間が長くなると、重症化したと判断します。

鑑別診断と合併症について

鑑別疾患として、構音障害(器質的、機能的)、言語発達遅滞、外傷等の後天性脳損傷、薬剤副作用(ドパミンD2受容体刺激薬等)、早口言語症(cluttering、クラタリング)、チック、場面緘黙症などがあります。

青年期以降は痙攣性発声障害や機能性発声障害も鑑別が必要になることがあります。

吃音の阻止は言葉を知っているが言うことができない状態であるが、表面的には緘黙と区別がつきにくいため、斉読で吃らない、家庭でも吃音症状が出ることがあるなどで鑑別します。

随伴運動はチックとは異なり、発話ないし発話企図に同期して生じます。

クラタリングは、自分の構音能力や文章構成能力を超えて早口になるために、音韻の省略や融合によって発話が不明瞭になり、吃音の中核症状ではない非流暢が多くみられます。発話速度が上がる10歳前後以降から思春期に発症することが多いです。

緊張すると症状が出にくいので、初診ではわからないのが普通です。クラタリングは吃音の2割程度に合併し、合併症例の多くでは、吃音よりクラタリングの治療を優先する必要があります。

吃音には、特に幼児期は、構音障害や言語発達遅滞もしばしば合併し、それぞれの評価に応じて治療の優先順位を決めていきます。

吃音を生じやすい症候群として、ダウン症候群やトゥレット症候群等があります。

吃音中核症状は通常は語頭で生じやすいですが、自閉症スペクトラム障害(ASD)やPrader-Willi症候群では、語末や文節末に繰り返しが出ることがあります。

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