CBTの定義
患者が抱えるさまざまな問題に対して認知・行動の両面からアプローチする認知行動療法(CBT)は、気分障害・不安障害での治療効果を立証して精神療法の有力な一派となりました。
加えて1990年代以降、英国を中心にCBTを統合失調症に適応拡大する臨床研究が進められ、その結果、幻覚・妄想体験などの陽性症状にCBTが一定の有効性を示しうるというデータが報告されました。
現在では、英国医療技術評価機構(NICE)や米国精神医学会のガイドラインでCBTの実施が推奨されるようになり、わが国の統合失調症治療ガイドラインでもCBTの項目が採用されています。
CBTの適応
幻覚・妄想状態にある患者のすべてが、CBTの対象となりうるわけではありません。CBTの適応の目途として、次の「5つのC」というものがあります。
・Calmness(落ち着き)
・Communication(対話)
・Curiosity(好奇心)
・Comprehension(理解)
・Cooperation(協力)
特に、患者がcuriosity(好奇心=幻覚・妄想に対するCBTへの興味・関心)を示さない場合には、CBTの施行は禁忌となります。そうした際は、「ではそういう治療もあると頭の片隅においておいて、興味が出てきたらおっしゃってください」と伝えて引き下がるようにします。
5つのCが満たされる場合には、幻覚・妄想症状がみられる精神障害のさまざまな治療段階において実施可能となります。
特に、以下の4つのポイントにおける適応が臨床上重要になります。
1治療導入期の病識
育成幻覚・妄想状態にある患者の多くは病識がなく、治療導入に困難をきたしがちです。患者の病識育成という大きな臨床上のニーズがあり、CBTに期待が寄せられています。
2薬物療法
抵抗性の症状への対応薬物療法を行っても、幻覚・妄想症状が十分消退しない症例が少なくないといわれています。こうした際に治療者が薬物療法という治療ツールしかもち合わせていないと、それ以上の介入が難しくなってしまいます。また、多剤併用・大量投与の弊に陥る可能性も高くなってしまいます。ちなみに薬物療法抵抗性の陽性症状に対するCBTの治療目標は、ほとんどの場合「症状の消退」ではなく、「症状に関する認知の修正」(認知再構成)や「対処力の増大」(対処戦略増強)です。つまり、患者の二重見当識を育成して症状の影響力を小さくし、生活面での好ましい変化を生み出す試みとなります。
3再発対策
薬物療法によって寛解状態に入っても、各種ストレスや服薬コンプライアンス不良などに伴う再発が起こりやすいといわれています。そのため、CBTは、「再発準備性の低下」「再発時の早めの受診行動の実現」「再発後の早期回復」などに関するニーズがあります。
4スキーマの変化への対応
寛解状態に入ったあとも幻覚・妄想状態の記憶が残り、人間観・世界観(スキーマ)が変化してさまざまな支障をきたすことがあります。例えば、「人間不信による孤立、生活の狭小化」「自分の認知・判断に関する自信を失い、代償的に強迫行為を行う」などがみられます。こうしたスキーマの変化への対応が、CBTに期待されています。
CBTの手順
CBTを行う際にはまずは心理教育を行い、病態・症状・治療に関する情報を身につけてもらうと良いでしょう。心理教育には、幻覚・妄想症状に関するパンフレット「正体不明の声」「日本版バーチャルハルシネーション」を用いる方法があります。CBTの内容としては、思考記録を用いての認知再構成法、患者の対処法のレパートリーを増やす対処戦略増強法、各種の行動実験などが代表的です。
CBTの具体的な内容・進め方の詳細に関しては、成書を参照されたい。
参考文献
デイヴィッド・G・キングドン、ダグラス・ターキングトン(著)、原田誠一(訳):統合失調症の認知行動療法
原田誠一:精神療法の工夫と楽しみ
原田誠一:統合失調症の治療-理解・援助・予防の新たな視点
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