乳幼児期の子供が「うそをつく理由」と「対応方法」を言語聴覚士が解説!





乳幼児がある程度言葉を話すようになると、真実とは異なることを言葉にして表出してしまうことがある。
“真実とは異なることを話す"ということを“うそ"と定義するならば、乳幼児期からうそが生じることはありえる。
乳幼児期は、急速に言語の能力が発達する。
言葉の発達は、子どもが育つ環境や持って生まれた性質などに左右され非常に個人差の大きな領域である。
また、乳幼児期の言葉は、言葉を媒介にした思考能力や、認知能力全般の発達にも左右されている。
そのため、乳幼児期にはうそをついてその場を逃れる意図がない、“結果的にうそになってしまったうそ"が発生することがある。

記憶容量の未発達のために生じるうそ

幼児は、よく周囲の親しい大人の口真似をして言葉を覚えていく。
そのため、周囲の大人たちからみれば、子どもが少々大人びた話し方をするのを見て、幼児でも大人と同じレベルの記憶能力や認識能力を持っているように感じてしまう。
ところが、実際には幼児はまだまだ発展途上中である。
記憶の容量についていえば、大人が一度に記憶しておけるものごとの数が5~9個であるのに対して、幼児ではだいたい年齢-1個といわれている。
たとえば、3歳の乗り物が大好きな幼児が幼稚園の保育室でロボットのおもちゃで遊んでいるときに、友達が車のおもちゃを持ってきた。
またもうひとりの子どもが、飛行機のおもちゃをもって来て、一緒に遊び始めた。
このような状況が続いた後で、この子どもに最初にどのおもちゃで遊んでいたのかを尋ねると、最初にロボットで遊んでいたことを思い出せずに、最も印象の強かった飛行機や車のおもちゃで遊んでいたと答えてしまうことがある。

現実モニタリングが未発達なために生じるうそ

幼児は、自分の願望と現実の区別がつかないことがある。
そのため、「~してくれたらいいなぁJという願望があると、その願望が実現していたかのように感じてしまうことがあるのである。
ですから、きょうだいでひとつずつのお菓子を食べているときに、先に食べ終わった弟が、お兄ちゃんが目を離した隙にお菓子をとって、「お兄ちゃんがくれた」と主張することが生じうるのである。

自分を守るためのうそ


2歳から3歳前後の時期は、第一反抗期と呼ばれ、お父さんやお母さんが指示したことに対して、「イャッ!」という言葉でもって、従うことを拒否することが多く見られる。
これは、それまで親、特に母親との間で強い一体感を持って生活してきた乳児期から幼児期の初期に移行するこの時期に、子ども自身の意図と母親の意図が必ずしも一致しない経験を重ねるうちに、自分は母親とは独立した存在であることを理解し、自らのことを“自分で決めたい"という自律性を獲得しつつあるために生じる現象なのである。
お父さんやお母さんにとってはやっかいな時期ではあるのだが、見方を変えれば、子どもにとっての世のなかの認識や自己主張の能力が芽生えてきた、発達の証なのである。
子どもが自我をはっきりと持つようになるにつれて、親や保育者との間での意思の葛藤が生じることが増えていく。
子どもが親の意思に反する行動を行って罰を受けたり、厳しく叱責されたりすることもある。
子どもにとって、罰を受けることはできれば避けたいことであるし、あまりに厳しい叱責は、親から見捨てられてしまうことへの恐怖にもつながる。
そのために、叱られないように、あるいは罰を受けないように、苦し紛れのうそをついてしまうことがある。
たとえば、お母さんが留守の間に我慢できずにお菓子を食べてしまった幼児が、「おじさんが来て、お菓子を食べちゃった!」などと言うことがある。
多くの場合、親や保育者は、子どもがうそをついたこと自体に驚き、逆上して、激しく問い詰めたり、叱ったりする。
このようなことが続くと、子どもはうそをついてしまった自分を守るために、うそにうそを重ねていってしまう。
さらに、親がどこまでも自分を追い詰めていく恐怖感を感じるようにもなり、それが親子関係の安定を崩してしまう危険性もある。
意図的なうそであっても、子どものうそのほとんどは、子どもの認知能力や他者の心のうちを推測する能力の未熟さのために、簡単に見破られてしまう。
子どもがうそをついたことを問い詰めて責めると、子どものうそはますます複雑化し狡猾なものに変わっていく危険性がある。
そういった場合は、子どもがうそをつかなければならなくなった心情を察して、その気持ちを代弁してあげることを通して、うそをつかずに素直に心情を表出することを身につけさせましょう。

親がうそをつくことの真似


大人は、時と場合によって、うそを方便として用いることがある。
大人が、うそをつく手本を見せ続けると、子どもがこれを観察学習して身につけてしまうこともある。
意図的にうそをつかない子どもに育てたいのならば、大人もまたうそをつかないで問題を解決する望ましいお手本を示すことが大切である。



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