スキップしてメイン コンテンツに移動

エントレインメント、情緒的コミュニケーション、基本的信頼感、愛着(アタッチメント)、安全基地について言語聴覚士が解説!

社会的な存在としての乳児


みなさんは、親と子供(乳児)が楽しそうに関わりあっているところを見たことがあるだろうか?
親の「○○ちゃんはかわいいね」等という愛情豊かな語りかけに対して、その声に合わせるように、乳児は手足をバタバタと動かしたり、はほえんだり、声を出したりする。また、乳児が泣いたり、ぐずったりすると、親はそばに来て、抱き上げ揺すると、機嫌がよくなったりもする。
このように親子のやりとりで大切なことは、乳児の行動が親の行動によって上手に引き出されている、また、親の行動も乳児の行動によって引き出されているのである。
つまり、乳児は親からの働きかけに対して自分の手足を動かして応答し、その様子を見て親はまた働きかけるのだ。
このやりとりでやがて、親の言葉と乳児の体を動かすタイミングが同調するようになる。
この現象は「エントレインメント」と呼ぶ。

能動的な存在としての乳児

乳児の動きやはほえみ、発声、泣きなどは、親によって敏感に感知され親がその状況に応答するということも多い。このことから、親子間での相互の交渉は、互いに情緒的な信号を発しており、それらを感知し、適切に反応するという形で進行しているといえる。このことを、「情緒的コミュニケーション」と呼ぶ。
20世紀の中頃まで、乳児は目も見えず耳も聞こえない何もできない存在と思われてきた、近年までの乳児の研究によって、彼らがさまざまな能力を持って生まれてくることがわかってきた。確かに、乳児は、歩くことも話すこともできないが、自ら積極的に外界(周囲の人や物)に働きかけ、全身を使って周囲の人とコミュニケーションする存在なのだ。

基本的信頼感の獲得


子どもは、自分を保護してくれる大人の存在なしでは生きることは難しい。保護されている間、子どもの養育を行う大人(多くの場合、親)の関わり方が、子どもの発達に大きな影響を与えることは容易に考えられることである。
エリクソン(Erikson,E.H.)は、乳児期の発達課題として「基本的信頼感」の大切さをあげている。つまり、乳児の時期に親が子どもに抱かせる大切な気持ちとは、生まれてきた社会(または家庭)は信頼できるのだという感覚を持てるということだ。
ほとんどの子どもにとって、生まれて初めて体験する社会は家庭であり、そこでの体験をベースにして、より大きな集団生活(たとえば、保育所や幼稚園、学校など)でもさまざまな人との関わりを展開していくことができるのである。

愛着の形成


基本的信頼感の獲得のもとにあるのが愛着(アタッチメント)という考え方である。
親子の相互交渉が日々繰り返されるうちに、次第に子どもと親との間に情愛的な絆が形成される。これは乳児の発達を理解する上で重要であり、また、その後の人格発達や社会的適応上も重要であることが学界においても認められている。
ボウルビィ(Bowiby,J)は、母親と子どもの間の相互交渉を維持するための反応(ほほえみやすがりつき、発声など)を「愛着行動」と呼び、そのような行動によって愛着が形成されると説明している。
エインズワース(Ainsworth,M.D.)らは、子どもが特定の養育者に対して持つ情愛的な絆のことを「愛着」と呼び、親への接近・接触を求める安定的・永続的な傾向の存在から理解できると説明している。
これらの考え方は、乳児の示す社会的・情緒的信号に対する親の応答の仕方が、愛着の個人差に大きな影響を与えるとするものである。
このことから、親が応答的であれば乳児は親を安心して頼れる存在として感じるようになるといえよう。また、乳児自身による親への働きかけが、親の適切な応答を引き出せるという結果を生じさせることとなり、乳児は自信を持つことになる。

安全基地としての親

親との愛着関係が確かなものになると、乳児は親を「安全基地」として用い、外の世界へ関わり始めるのである。そして、親の見守っている状況で安心して乳児は自分の周りの環境を探索し、不安や恐れの感情状態になると緊急の避難所として親への接近を行うのだ。
このようにして、乳児は親を心の安全基地として知覚や運動を確かなものにしていく。
発達の基盤としての安定した愛着関係の形成には、愛情豊かな親と乳児との積極的なコミュニケーションが不可欠といえる。絶えず繰り返される心の交流を通して、乳児は好奇心を働かせ、ものに対する認識能力、運動能力、言葉などを獲得していく。
親子の愛情関係は、このように安定した情緒の基盤としての基本的信頼感を育み、幼児期以降の発達を支える原動力の一つにもなっていくのだ。

用語解説

エントレインメント(entrainment)

生後間もなくして起こる母子間の相互作用のことで、母親の話しかけに対して乳児が手足や顔の表情を同調させる反応を行い、相互関係を深めていることをエントレインメントという。

情緒的コミュニケーション

母子間の相互交渉において、親も子も相互に信号を発し、感知し、応答するのであるが、そこには情緒的表出が深く関わっていることを情緒的コミュニケーションという。

基本的信頼感

エリクソンン (Erikson,E.H.)は、乳児期の発達課題として、親との適切な関係を通して自己を信頼し、また、自己を取り巻く環境も信頼できるような感覚の形成をあげている。

愛着(アタッチメント)

ボウルビィィ (Bowiby,J.)は、発達初期の母子の相互交渉による情緒的な絆のことを愛着と呼んだ。乳児の愛着行動には、親を呼び寄せる効果を持つ信号行動(ほほえみ、泣き、発声など)と、後追いやしがみつきなどの接近行動がある。

安全基地

エインズワース(Ainsworth, MD.)は、乳児が自分の世界を広げ外の世界に向かう際に、恐れや不安を感じる状況で、いつでも戻ってこられる心のよりどころの対象を安全基地としての役割を果たしているとした。乳児はそこで安全を確認すると、再び外の世界の探索へとそこから離れていく行動をする。

コメント

アーカイブ

もっと見る

このブログの人気の投稿

眼球運動障害 瞳孔不同 対光反射消失

眼球運動の障害や瞳孔不同、対光反射の消失は、患者が重篤な状態に陥っている可能性を示す。脳死判定基準の中にも、瞳孔の散大と固定、対光反射の消失がある。たとえば、脳幹出血を起こすと眼球運動の中枢障害による正中位固定や、交感神経障害による著しい縮瞳( pinpointpupil )などの特徴的な眼症状を示す。瞳孔径や対光反射の異常は、出血やヘルニアの早期発見につながるため、重要な観察ポイントとなる。 眼症状の観察 対光反射の有無は、光を当てた側の瞳孔反射である直接対光反射、反対側の間接対光反射で評価する。 反射の程度は迅速・緩慢・消失の三段階で示す。 さらに、眼球偏位や瞳孔径の異常がないか観察する。 病側の眼瞼下垂は動眼神経麻痺の可能性があり、眼球運動の異常は動眼、滑車、外転神経の異常を示す。これらは、中脳や橋、頭蓋底部の異常のサインとなるため、重要な観察ポイントとなる。 観察の注意点 瞳孔径 瞳孔径は周囲の光量に影響を受けるため、夜間消灯後は、日中と同じく照明を点け、光に慣れてから観察します。 対光反射 対光反射には直接反射・間接反射があり、耳側から光を入れる必要があります。 LED などの強い光や、長時間光を当てることがないようにします。

標準失語症検査(SLTA)

標準失語症検査(SLTA)とは 標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia :SLTA)は、日本で最もよく用いられている総合的な失語症検査です。 一般的には「SLTA」と呼ばれることが多いです。 開発者は、失語症研究会(現在は日本高次脳機能障害学会)です。 基礎的な研究は1965年に開始され、最終試案は失語症者200人・非失語症者150人のデータをもとに標準化されて、1975年に完成版が出版されました。 標準失語症検査(SLTA)の概要 目的 失語症状の詳細な把握と、失語症に対するリハビリテーション計画立案の指針を得ることを目的としています。 構成 「聴く」、「話す」、「読む」、「書く」、「計算」の5側面、計26項目の下位検査で構成されています。 所要時間 所要時間は失語症のタイプや重症度によりますが、60~120分程度です。場合によっては120分以上かかることもあります。 一定数の誤答が連続した場合や一定の得点に達していない場合には中止基準を設けて、被検者の心理的負担に配慮しています。 特徴 6段階評価 :大部分の検査項目において反応時間やヒント後の反応に基づく6段階評価が採用されており、症状を詳細に把握することができます。わずかな変化を知ることができ、この情報をリハビリテーションに生かすことができます。正誤2段階の評価に換算して大まかな成績を表示することもできます。 普及度の高さ :日本で最も一般的な失語症検査であり、多くの臨床家が本検査に精通しています。転院時にも他施設との情報共有がしやすく、本検査の反復使用によって経時的変化がわかります。 刺激の統一 :SLTAでは、できる限り同一の単語や文を刺激に用いています。被検者内でモダリティ間(「命令に従う」課題を口頭で聴覚呈示する場合と文字で視覚呈示する場合等)、漢字・仮名間(同じ「読解」課題で単語を漢字表記する場合と仮名表記の場合等)の成績比較をすることができます。 「話す」側面の充実 :動詞の表出をみる「動作説明」や4コマまんがを用いた「まんがの説明」等独創的な検査項目があります。 記録用紙 下段は項目ごとの6段階評価の結果の記入欄、上段は正答率(完全正答の段階6および不完全正答の段階5)を折れ...

兵頭スコア 嚥下内視鏡所見のスコア評価基準

兵頭スコア 嚥下内視鏡所見のスコア評価基準 スコア合計:    点 ① 喉頭蓋谷や梨状陥凹の唾液貯留  0:唾液貯留がない  1:軽度唾液貯留あり  2:中等度の唾液貯留があるが、喉頭腔への流入はない  3:唾液貯留が高度で、吸気時に喉頭腔へ流入する ② 声門閉鎖反射や咳反射の惹起性  0:喉頭蓋や披裂部に少し触れるだけで容易に反射が惹起される  1:反射は惹起されるが弱い  2:反射が惹起されないことがある  3:反射の惹起が極めて不良 ③ 嚥下反射の惹起性  0:着色水の咽頭流入がわずかに観察できるのみ  1:着色水が喉頭蓋谷に達するのが観察できる  2:着色水が梨状陥凹に達するのが観察できる  3:着色水が梨状陥凹に達してもしばらくは嚥下反射がおきない ④ 着色水嚥下による咽頭クリアランス  0:嚥下後に着色水残留なし  1:着色水残留が軽度あるが、2~3回の空嚥下でwash outされる  2:着色水残留があり、複数回嚥下を行ってもwash outされない  3:着色水残留が高度で、喉頭腔に流入する 誤嚥:なし・軽度・高度 随伴所見:鼻咽腔閉鎖不全・早期咽頭流入・声帯麻痺