人工股関節置換術を行った方に対するリハビリテーション





人工股関節置換術を行った方に対するリハビリテーション

人工股関節置換術をはじめとした外科的手術を必要とする疾患を持つ方には、術前術後のリハビリテーションが適応される場合が多くあります。その目的は立つ、座る、歩くといった基本的動作能力の維持・向上です。
これらの目的を達成するため、運動療法を中心としたリハビリテーションによる筋力、持久力の維持・向上が図られます。しかし、一口に運動療法を行うといっても、患者様の身体状況や年齢などによって内容は異なります。今回は人工股関節置換術の適応となる場合の多い、高齢者に適した運動プログラムについて説明します。

高齢者の身体的特徴と運動療法の基礎事項

高齢者は運動しても筋肉はつかないと考えられがちですが、若年者と比較してゆっくりではあっても筋力の向上や筋肥大は可能です。しかし、ただ筋力向上だけを目指した運動をすればよいわけではありません。高齢者の身体的特徴と運動療法の基礎事項について押さえた上でプログラムを立案することが重要です。

高齢者の身体的特徴

まず、高齢者は一般的に加齢による筋力低下がみられます。この傾向は下肢にて顕著にみられます。下肢筋力は30代から徐々に減少が見られ始め、80代になる頃には20代の頃のおよそ半分にまで低下してしまうとされています。
このため、運動療法による筋力維持の重要性は高いのですが、若年者と同様のプログラムを行ってしまうと過負荷となってしまい、身体構造の破綻を招いてしまう可能性があるのです。そして、関節や筋肉、骨だけではなく循環器系への影響も十分に考慮することが必要となります。
このため、体に負担をかけないよう、適切な負荷の運動をゆっくりと行うプログラムを立案し、また患者自身にも運動の注意点を把握してもらうことが重要です。

運動療法の基礎事項

運動療法の中の1つである筋力トレーニングには運動効果を上げるための原則があります。まず、過負荷の原則です。筋力トレーニングは軽い負荷では効果が上がりにくいため、少し強めの負荷が用いられます。
ここでいう負荷とは運動の強さだけでなく、運動の頻度も含まれます。筋力増強効果を望むためには、最低でも最大筋力の60~65%の強度が必要であり、通常は4回から10回反復できる程度の強度が適切であるとされています。
頻度は週2~3回が適当であるとされています。これはトレーニングによる筋の回復と成長に要する時間から算出されています。トレーニングにより、筋は損傷しますが、この筋の損傷が回復することにより筋は成長します。このため、筋の損傷から回復が完了するまでの時間、約48時間を筋力トレーニングの休止期間として設けることが推奨されています。これが、筋力トレーニングの頻度が2~3回が良いとされている理由です。
次に、特異性の原則です。これは、脚力を向上させたければ、目的に合わせた筋肉をピックアップし、そこにアプローチをする必要があるというものです。 最後にプログラムの多様化です。運動療法はただ特定の、単一の筋にアプローチするだけでは不十分です。同じ内容のトレーニングを続けるのではなく、筋力や目標とする生活動作に合わせ、臨機応変にプログラムを変更、改善する必要があります。
ここまで運動療法の基礎事項について触れましたが、同じ筋力トレーニングでも筋の使い方、収縮様式によって効果に違いが出ます。筋の収縮様式には等尺性収縮、等張性収縮、等運動性収縮の3つがあります。
このうち等尺性収縮は関節運動を伴わないため、この収縮様式を利用したトレーニングは静的トレーニングと呼ばれています。これは関節への負担を抑える必要がある疾患、例えば関節リウマチを罹患している方などに適応されます。さらに特定の筋に対する筋力増強効果が高いこと、毎日実施した方が効果的であることなどの特徴も持ち合わせています。次に等張性収縮と等運動性収縮は関節運動を伴うため、動的トレーニングと呼ばれています。この中でも等運動性収縮は全可動域において一定の筋出力が得られるため、より高い筋力増強効果が得られるとされています。
ダンベルなどを使用した複合的な運動であれば、筋の協調性を向上させる効果があるというメリットもあります。しかし、特定の筋の、厳密な意味での等運動性収縮を得ようとすると特殊なトレーニングマシーンが必要となるため、個人や臨床においては行いにくいというデメリットも持ち合わせています。このように筋力トレーニングと言っても収縮様式を変えるだけで得られる効果には違いが出ます。このため、目的に合わせた運動方法を選択することも重要です。

人工股関節置換術後に施行されるリハビリテーション

ここまではリハビリテーションにおける基礎事項について説明してきましたが、ここからは人工股関節置換術後に行われるリハビリテーションの具体的な内容についてご説明します。
まず歩行訓練についてですが、人工股関節置換術の場合、例外を除き手術直後から荷重制限はありません。全荷重可能であるため、手術翌日から杖等を使用しての歩行練習を開始することができます。
次に、筋力増強訓練についてです。ここで対象となる筋は股関節周囲筋群だけではありません。膝関節や足関節周囲筋にも同時にアプローチすることが効果的であるとされているため、できる限り総合的な下肢筋力トレーニングが行われます。その中でも大腿四頭筋の筋力訓練がメインで行われますが、拮抗筋であるハムストリングスの筋力訓練も同時に行うことで運動効果は向上するとされています。なお、収縮様式は等尺性収縮が推奨されています。これらの条件を踏まえた大腿四頭筋に対するトレーニングの中でも、代表的なもの3つを以下でご紹介します。

①セッティング

 背臥位、または膝を伸展させた状態の座位で膝の下にタオルを挟み、それを膝で押しつぶすように力を入れてもらいます。これにより膝関節伸展位が保持され、大腿四頭筋の持続的な等尺性収縮を得ることができます。

②SLR(Straight Leg Raising)

 トレーニングする側の膝関節を伸展させたまま、下肢を挙上します。この時反対側の膝を立てておくことで、挙上の目安にすることができます。この方法では大腿四頭筋の遠心性収縮(筋が伸ばされながら筋力が発揮される収縮様式)と求心性収縮(筋が縮みながら筋力が発揮される収縮様式)の両方のトレーニング効果が得られます。また、腸腰筋の筋力トレーニング効果もあります。

③座位での膝関節伸展運動

 椅子に座り、片脚の膝関節伸展位を保持します。この時両側同時に行うと腰椎への負担が増強してしまい、腰痛を誘発する危険性があります。このため、片脚ずつ動作を行う必要があります。
以上の筋力トレーニングの強度や頻度は、運動療法の基礎事項でご説明したとおり患者の年齢や術前の身体機能によって異なります。このため、患者の身体状況を正確に把握したうえで運動プログラムを立案、実施することが必要です。