人工肘関節置換術後のリハビリテーション

置換術の適応

肘関節はADLと呼ばれる日常生活動作や、IADLと呼ばれる手段的日常生活動作の中で特に多く運動する関節の1つです。例えば、高いところのものを取ったり、着替えをしたりする時などは肘関節が十分に伸展する必要がありますし、食事や家事動作を円滑に行うためには肘関節が十分に屈曲する必要があります。
このように肘関節には高い可動性が求められますが、重要なのは可動性だけではありません。肘関節の動作性はADLやIADLのみならず巧緻動作にも大きな影響を与えるため、正確な動作を行うためにも関節の高い安定性が要求されます。
また、日常的に使用される頻度の高い関節であることもあり、痛み無く動作を行うことのできる無痛性も重要な要素となっています。
このように肘関節には高い可動性、安定性、無痛性が求められます。そしてこれらの要素が侵されるとADLやIADLが障害され、日常生活を快適に送ることが困難となってしまいます。このため、可動性、安定性、無痛性が侵される疾患では人工肘関節置換術(total elbow arthroplasty:TEA)の適応となることがあります。
特にTEAの対応となる頻度が高いのは、関節リウマチです。関節リウマチでは骨や関節が破壊されてしまうため痛みを伴いますし、骨や関節の破壊や異常な癒合などにより関節は異常な可動性を持ってしまったり、不動と呼ばれる関節が全く動かない状態に陥ってしまったりします。
このように、関節リウマチは関節可動性、安定性、無痛性のすべてを侵す疾患ということになります。このためレントゲン上でも関節破壊が認められるほどに病態が進行したケースでは、TEAが適応されることが多くあるのです。

使用される人工肘関節の種類とその特徴

TEAで使用される人工肘関節は、コンポーネントと呼ばれる関節面に使用される部品の特徴により表面置換型と半拘束型の2種類に分類されます。それぞれの人工肘関節はその特徴により、適応となる疾患も大きく異なります。

①表面置換型人工肘関節

表面置換型人工肘関節は上腕骨コンポーネントと尺骨コンポーネントの間が連結しておらず、TEA後の関節は解剖学的な肘関節とほぼ同じ構成となります。表面置換型では人工関節自体の安定性が乏しいというデメリットがあり、通常の肘関節と同様、筋や靭帯をはじめとした肘関節周囲の軟部組織により安定性を得る必要があります。
このため表面置換型は骨欠損が少なく、軟部組織の機能がある程度残存している症例に適応されます。しかし関節同士の連結が無く安定性に乏しい一方、拘束性が低いため関節自体が動作により緩みにくいというメリットがあります。軟部組織の安定性が要求されるものの、手術をやり直すリスクが少ないという特徴から日本では表面置換型がTEAで多く適応されています。 
なお、表面置換型を使用する手術では後方アプローチという方法が選択されます。この術式では上腕三頭筋や内側側副靭帯が侵襲されるため、術後は関節安定性を高めるために侵襲された軟部組織の修復が重要となります。リハビリテーションにおいては関節可動域の拡大とともに、侵襲された筋の筋力強化も必要です。

②半拘束型人工肘関節

半拘束型では上腕骨コンポーネントに尺骨コンポーネントが刺し込まれるような形で結合しています。結合している蝶番部分には少し余裕が持たされており、表面置換型とは異なり関節自体が高い安定性を持つというメリットがあります。
このため、骨破壊が進んだ症例や、軟部組織による安定性の確保が困難である症例でも適応可能です。ただし関節自体の安定性ということは、肘関節の運動をするごとに関節自体にストレスがかかってしまうということです。このストレスにより半拘束型は関節に緩みが生じやすい、というデメリットを持ち合わせています。

TEAに関するリハビリテーション

①目標

まずTEA後のリハビリテーションを行うに当たり、目標を明確化し、確認する必要があります。この目標とは、解剖学的な参考可動域ではありません。なぜならADLやIADLを行うためには、必ずしも全可動域にわたって肘関節を動かせる必要が無いからです。
一般的に生活内で必要とされる肘関節の可動域は、屈曲で120~130°、伸展で-40°、回内外ではそれぞれ50°とされています。このように参考可動域全域での運動が出来なくても生活動作の遂行は可能です。このためTEA術後のリハビリテーションは基本的に、前述の通り肘関節屈曲120~130°、伸展-40°、回内外50°を目標として進められます。
ただし、生活内で必要とされる動作により目標可動域は異なります。例えば、携帯電話を耳に当てるためには肘関節屈曲130°が必要ですし、タイピングには前腕回内65°が必要です。このように必要とされる可動域は患者の生活スタイルにより大きく異なるため、目標は画一的ではなく臨機応変に変化させることが重要です。
なお、適応数の多い表面置換型ですが、術後は10~20°程度の伸展制限が生じるケースが多くなっています。このため、伸展制限があるという前提を念頭に置いた目標設定も必要となります。

②TEAの準備

 TEAでは手術前からリハビリテーションが開始されます。術前リハビリテーションでは理学療法評価を中心に進めていきます。これは手術の準備としての意義も大きくありますが、術後のリハビリテーションを円滑に進めるための情報収集という意味合いも持ち合わせています。
術前評価としてはまず問診が行われます。具体的に聴取する内容はTEAを受けることになった原因、どのような動作ができないことで日常生活に支障をきたしているのかなどです。これらの情報は病状の把握とともに、リハビリテーションの目標を立てるためにも必要となります。
次に身体機能を把握するため、ROMをはじめ筋力や疼痛、関節動揺性、日常生活動作状況などが評価されます。なお、TEAの適応となる代表疾患関節リウマチでは肩関節回旋拘縮を生じている症例があります。この拘縮は肘関節に内外旋ストレスを与えるため、肘関節はもちろんのこと肩関節の評価、動作性の改善も術前に行う必要があります。
そして肘関節周囲の疾患で注意すべきなのが尺骨神経麻痺です。肘関節の障害により尺骨神経まで損傷されているケースもあるため、筋力評価や感覚検査などにより神経症状が見られていないかを把握する必要があります。
また、リハビリテーションを始めるにあたりTEA後はどの範囲の動作まで可能となるのか、どの動作に困難さが残るのかを伝えることも重要です。

③術後のリハビリテーション

リハビリテーションは手術翌日から開始される場合が多いです。はじめは関節運動を伴わない愛護的な内容ですが、徐々に関節可動域訓練や筋力トレーニング、日常生活動作訓練が開始されます。以下では術後のリハビリテーションの内容について、時系列的にご紹介します。なお、回復過程などには個人差が大きくあるため、病期にこだわらず柔軟に対応する必要があります。

(1)手術翌日から術後2周

手術直後は安静期間であることから、外固定が施されています。この期間中は肘関節自体の動作ができないため、肘関節周囲の浮腫や周辺関節の拘縮を予防することを目的としたアプローチが行われます。
浮腫予防としては時間を明確に決めた上で上肢を高く上げておくこと、周辺関節の拘縮予防としては、主に肩関節が固定により内転・内旋位で拘縮することを避けるため日中は中間位で保持しておくなどのポジショニングが行われます。
なお、肩関節の内転・内旋拘縮は人工肘関節に内反ストレスをかける原因ともなるため、周辺関節の中でも特に拘縮予防が重要である関節となっています。また、患側肩関節に限らず患側の関節は運動する機会が減ってしまうため、浮腫や拘縮を予防するために手指の握り動作などで意識的に運動する必要があります。

(2)術後2~3週

この時期では日常生活内においては外固定が必要ですが、リハビリテーション時に限り固定装具を外すことができます。リハビリテーション開始に先立ち、皮膚異常がないかの確認を行います。また、浮腫や関節拘縮予防を目的としたリラクセーションやマッサージが必要です。これらには関節可動域訓練時の防御収縮を防止する意義もあります。
この時期から関節可動域訓練を開始しますが、初めはなるべく愛護的なアプローチにするため背臥位で、自身の上肢の重さを利用した自動介助運動が選択されます。前腕回内外運動に対しては遠位橈尺関節と骨間膜に対する関節モビライゼーションを自動介助にて行います。
このとき、関節可動域の獲得よりも重要視されるのが関節の安定性です。関節に緩みが確認された際には可動域訓練よりも、周辺組織の安定性向上を目的としたより慎重なアプローチを行う必要があります。
筋力トレーニングは手関節周囲筋から始められます。これは手関節掌背屈に作用する筋が上腕骨内外側上顆に付着することから、筋力向上が肘関節安定性向上に寄与するためです。この場合でもこれまで活動が制限されていた筋肉に過剰なストレスがかかり損傷を引き起こさないよう、低負荷で愛護的な内容から実施されます。

(3)術後3~4週

この時期では装具による固定は夜間のみとなり、日中は装具を外すことが許可されます。そして筋力トレーニングも肘関節の自動運動も重力の影響を受けない側臥位や、上肢をテーブルなどに乗せた肢位などから開始されます。関節可動域訓練も他動運動にて積極的に行われるようになりますが、可動域の獲得が順調であったり、反対に関節が緩んでしまっていたりする場合もあります。この場合は関節の運動角度を調整することのできるヒンジ付き装具という装具を用い、可動域の調整を行うこともあります。
なお、組織の修復や関節可動域の獲得の程度は症例により大きく異なります。このため、担当医師との情報交換やカンファレンスによりリハビリテーションの目標や方針を改めて決定、確認することが必要となります。

(4)術後4週~2か月

この時期からは筋力トレーニングの負荷を徐々に増やしていきます。また、運動方式も壁や机に手をついた状態で行う関節を安定させたものから、手をどこにもつかないで行う、より日常的な動作に近いものへと変化していきます。これに伴い食事や整容等の手を使うADL動作も可能となります。この時、肘関節に内反ストレスをかけないよう、前腕回内位で動作を行うよう指導することが必要です。
筋力トレーニングの負荷の増やし方ですが、例えば肘関節伸展運動では最初に重力を負荷として使います。やり方は様々ありますが、肩関節をある程度外転させ、そこで肘関節を伸展、保持することにより肘関節伸展筋の筋力トレーニングとなります。この外転角度を拡大するだけでも負荷を増やすことができます。そしてこのようなトレーニングに慣れてきたら、徐々に自動運動や抵抗を用いたトレーニングへと移行していきます。
次に肘関節屈曲運動では関節の角度を変えずに行う、等尺性収縮を行います。この収縮様式のやり方は、例えばテーブルなどに肘を付き、肘関節を屈曲させた状態を保持するなどです。この場合負荷は肘関節の角度を変えたり、手にダンベルなど重錘を持ったりすることなどで調整することができます。

(5)術後2~3か月

この時期では肘関節の安定性向上にも寄与する、肘関節伸展筋群の筋力トレーニングを積極的に行っていきます。しかし、この時期においても肘関節に内反ストレスをかけないよう注意が必要です。
日常生活内において内反ストレスを与える動作とは、例えば重い調理器具などを持ち上げることなどです。このように過剰な負荷がかかる動作についてはリハビリテーション終了後も行わないようにするよう指導し、また生活スタイルによっては自助具の使用も検討していきます。

(6)術後3か月以降

この時期以降では関節周囲の軟部組織による安定性も向上してきます。このため肘関節に過剰に負荷をかける運動でなければ、痛みの無い範囲で行うことが可能となります。過剰な負荷の目安は、物であれば4~5㎏以上、動作であれば手で体を支えることなどです。術後2~3か月では使用できなかった調理器具なども、比較的軽いものであれば使用することができるようになります。
このようにTEAで痛み無く安定した運動が行えるようになっても、実施困難となる動作があります。このためTEA後の上肢でどこまでの動作が可能なのかを指導し、またどちらの上肢でどの動作を行うかなどの役割分担も検討することが重要です。
上記はJpn J Rehabil Med 2017;54:186-190を参照にした記事です。